連載
蓬萊学園の揺動!
Episode05
主人公は意外なキャラの意外な正体を知らされたために最後の大冒険に巻き込まれたんだか自ら飛び込んだんだかした末に、作者さえも気づいていなかった深淵なテーマに肉薄することで、真に驚くべき方法(ただしここの余白は狭すぎるので書ききれない)で学園を揺り動かし、史上最大の危機をしりぞけた!
(その5)
九月です。
わたし、揺れてるんです。
グラグラと、幸せのあまり――だって夢にまで見た蓬萊学園に入学できたんですから!
あ、厳密に言えば入学したのは四月で、でも入学式典の竜巻騒ぎで頭を打って、そのあとずっと学園病院で治療を受けていたんです。
だからなのか、記憶がところどころ曖昧です。
でも、学園当局も特例ということで、九月入学生扱いで入学式典に出席許可を出してくださったんです。
ああ蓬萊学園! 南の海にうかぶ、生徒総数が二十万という巨大学園。今日からわたし、ここの新一年生!
どんな素敵な出会いが、青春の輝きが、わたしを待っているのでしょう?
そして、どんな初恋が?
だってわたし、生まれてからまだ一度も、恋をしたことがないんですから。
なんとなく、遠い昔、背の高い美青年に恋していたような気もしますが、きっと記憶混濁のせい。
だからわたし、あまりの興奮に体が揺れて止められません。
これはもう子供の頃からの癖なので、しょうがないのです。おかげで渡り廊下が、フワンフワンと振動し始めました。廊下をゆく他の生徒たちも、変な顔をしてこちらを見てます。なんかごめんなさい。
と、その時――
正面から来た背の高い人が、わたしの袖をかすめて、大股で通り過ぎていったんです。
制服の袖口と肩章を見るに、どうやら三年生の授業正常化委員のようです。
でも亜麻色の長髪、スラリと長い腕と脚、シワひとつない深緑のジャケットとスラックス、白いワイシャツ、真紅のリボンタイ――どこからどう見ても超美形青年。
グラグラ揺れる渡り廊下をものともせず――いいえ、むしろワルツでも踊っているかのように、この世に苦難などこれっぽっちも存在しないかのように、愉しげに進んでゆくんです。
上級学生に選ばれてもおかしくないくらいの美形なのですが、胸元に勲章がないので一般生徒ということになります。こんな素敵な人が一般生徒だなんて! とても信じられません。
当然、その人はわたしのことなど目もくれず、御友人らしきもう一人の美形青年(こちらは短髪で日焼けしてますが、こういうタイプも目の保養です)と並んで、スタスタと長い廊下を歩み去ってゆきます。
わたしも、まさか見も知らぬ先輩にいきなり声をかけるなんてことはできません(ちゃんと入学パンフレットも学園生活マニュアルも熟読したんですから、そのへんの礼儀作法はバッチリです)。軽く会釈して、ソソクサと反対方向へ歩き続けます。
でも――なぜだか、わたしは振り返りました。
そんなつもりはなかったんです。そんな、はしたないことをするつもりは!
そうしたら。
その方も、ふと肩越しにふりかえったんです。
いいえ、きっと気のせいです。
まさか、あんなに素敵な先輩が、こっちを気にしてくださるなんて。
でも――
でも、なぜかわたしはその方のことを、ずっと前から……それこそ十年も二十年も、あるいは十万年も昔から、知っているような気がしたんです。
気のせいです! まさか一介の新入生のわたしが、あんな素敵な人のことを知ってるだなんて!
すると――その方は、隣の御友人に情熱的な接吻をして、じゃあまたあとでね、とでも言うように手を振り、ゆっくりとわたしのほうに向き直りました。
一歩、二歩。
何かを思い出すように、眉をひそめつつ、わたしに近づいてきます。でも、やっぱり確証がないとでも言いたげに、ピタリを歩みを止めました。
一瞬、先ほどの御友人の後を追おうと、また廊下の先を目指して歩きかけます。
それでも――肩越しに、わたしのほうを見つめるのです。
そうして――一体どれほどの時間が流れたことでしょう。
ほんの一分? それとも永遠?
わたしたちのあいだの距離は、数歩ぶんのところまで縮んでいました。
「もしかして……前にどこかで会ったかな?」
彼は言いました。
「いいえ」と、わたし。「初めてだと思います、先輩」
と、彼はわたしの胸元のタグをチラリと見て、
「小鳥遊微風子ちゃんか……可愛い名前だね」
わたしの両目が真ん丸になりました。
すごいです。
わたしの名前を、一目でちゃんと読めるなんて。
これまで誰にも(フリガナがついてても!)読めたことないのに!
そのことを彼に伝えると、彼は、ひどく懐かしそうな笑顔をうかべて、
「へえ、そうなんだ。面白いこともあるもんだね。おっとそうだ、僕の名前は……」
――そしてわたしは、その方のお名前を初めて、あるいは十万年ぶりにもう一度、知ったんです。
エピローグ
「――あ、なにかお探しですか?」
と、ボク(つまり栗尾京太)は、川べりに立ちつくして足元を見つめている中年男性に声をかけた。
墨川の遊歩道のこのあたりは、週末になるとカップルが等間隔に座っているので有名な場所で、男性が一人で突っ立っているのはかなり珍しい。
ご多聞に漏れず、ボクもこの日はカップルで、ただし座ってはいない。なにしろ僕のお相手は学園巨女ランキングでもトップ5に入るアミ先輩なのだ――彼女が遊歩道と斜面の芝生の境目あたりにどっしりアグラをかき、ボクはその太い左腕がつくる揺り籠の中でゴロンと横になっている(いろいろ試した結果、この姿勢が一番安定すると判明した)。
で、その男性は、学園教師でもなければ事務員でもなく、ましてや研究部(まもなく大学部に再編される)の教授でもないのは、外見から感じられた。
「――いや、なんでもないよ」
と男性は応えた。
ポロシャツ、スラックス、サングラスに白いフェドーラ帽。片手に水分補給用のペットボトル。この学園に慣れている出で立ちだ。でも、どこかひどく場違いな印象もある。
「もしかして学園OBの方ですか?」とボク。
「御名答――三十年ぶりかな。このあたりは変わらないねえ」男性はペットボトルで口を湿らせながら、左右を見回した。
アミ先輩が(キョウっち、そろそろ行かんとお店の予約が)とささやく。けれど、ボクは、なぜか会話を続けたかった。
「ええそうですね、もうずいぶん前に、墨川のこのあたりまでは河川工事が済んでますから。そうだ、ちょうど三十年前でしたっけ、野々宮グループの最初の再開発区域だったんじゃなかったかな……野々宮さまのご関係ですか?」
「ご関係――はは、そうだね。そうと言えなくもない。もっとも、関係者ではなかったとしても、おかしくはない」
男性は、鼻の横をくすぐった。
そして、つぶやいた。
「真実も、事実も、探せばいくつも出てくるし、過去というものは一定じゃない……僕らは一人ひとり、自分だけの過去を選びとる。未来だけは唯一で一定だが、こちらは到来するまでわからない。と、これは僕の友人の受け売りだけど」
彼は、斜面の芝生に腰をおろした。
アミ先輩も、急に興味を惹かれたらしく、中年男性の顔をじっと見つめている。
記憶の奥底から一つの名前が浮かび上がってきた――だから僕は、尋ねてみた。
「……パルメッティさん、ですか? もしかして」
男性は、僕らのほうを見た。見つめた、と言ってもいいぐらいだった。
そして苦笑した。
「その名前は久しぶりだ。あれから、いろいろあったからね」
「あれから?」と僕。
「そうだね、あれから――聞きたいかい? 長い話になるけれど」
僕とアミ先輩はそろってうなずいた。
そして僕たちは彼の……ピエトロ・パルメッティ氏、あるいは折川育郎氏の、長い長い冒険物語を聴かせてもらったんだ。
――AND CONTINUES TO “REVOLUTIONS IN HOURAI HIGH!”
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