
連載
「蓬萊学園の揺動!」Episode03:たぶんそのうち学園を救うことになるはずの主人公は、体育祭に参加した!(その5)
蓬萊学園の揺動!
Episode03
たぶんそのうち学園を救うことになるはずの主人公は、体育祭に参加した!(その5)
「そよっち!」
叫び声、と同時に頑健な上腕二頭筋がわたしを護ります。京太くんはアミ先輩の胸筋に包まれて無事です。アプちゃんは……おお、これは凄い、角をピンク色に輝かせながら、音もなく二回転して着地に成功。ただし蹄の下には借り屋さんたちがペシャンコに積み重なってます。
そして窓の外! おお、おお、窓の外に、窓の外に!
巨大人型二足歩行機械が!
全長数十メートル、いいえもしかしたら百メートルはあるかもしれません。わたしのところからは長い長い鋼鉄の脚しか見えません。腰から上は……いつの間にいやら出現した深い霧だか蒸気だかで隠れてます。
まるで映画の『ミスト』みたい。
「ああ、あの海から過去の怨霊が襲って来るやつですね」と京太くん。
「それは『ザ・フォッグ』です。どっちも名作ですけど」
霧から突き出た巨大な脚……二本、四本、八本、まだまだあります。まさに『ミスト』そのもの。果たしてそれらが一体の人工邪神の胴から生えているのか、それとも複数の邪神機械がぶつかり合っているのか、それすらもわかりません。
ただし、よーく観察しますと、脚の太ももに当たるところの側面には、ぎらぎらとネオンサインで、
という文字が。
なんで体育祭にスポンサー?
「そりゃまあ費用もかかりますからね」と京太くん。「野々宮グループってのは、例の上級学生制度を運営してるところですよ。学園の東のほうの再開発権を買い上げて――」
とか言っているうちに多脚歩行邪神たちの殴りあいが始まって、わたしたちは横転する車両と一緒にシェイクされ始めました。もう上も下もわかりません。
それともこれは、わたしが恐怖で揺れてるのでしょうか?
「――来たぞ!」
「〈午〉チームだ!」
誰かが叫びました。
私は思わずあたりを見回します(この頃には、わたしたちは一人のこらず横転を続ける電車の窓から放り出されて、環状線のレールの上でひっくり返っていました)。
なに、なに、なにごと?
考えるのをやめていたはずのわたしの中で、それでも言葉があふれ出てきます。午チーム。わたしのチーム。来たって何が?
「〈午〉と〈子〉だ!押し返せ!――」
わたしの視界を巨大な白い球体が覆い尽くします。
(玉転がし)
さっきの車掌さんのアナウンスが突如わたしの耳に蘇ります。
玉転がし!
「ボクらのチームですよ、そよ子さん! 押し返せばポイントになります!」
どこからか京太くんの叫び声。この期に及んで真面目に競技に参加しようという彼の性根に、わたしは感心しつつ呆れ返り、ついでに笑いが止まりませんでした。
左右はいつの間にか〈午〉チームの生徒でいっぱいになっています。先輩たちと、そしてクラスメートもいるはずですが、見たこともない顔ばかり。押しくら饅頭状態です。
「そよチャン!」
そんな声を耳にしたような気がしました。
「ヴィヴィアン!?」
「押して、押し返して! これで勝ったら、総合優勝も狙えるヨ!」
彼女の胸に燦然と輝く〈HOURAI ACADEMY〉の文字を、わたしは確かに見た――ような気がしました。そしてその後ろにアプちゃんと、上下逆さまになった京太くんとアミ先輩の姿を。
あれ、そういえばアミ先輩って何組でしたっけ?
という思考は、わたしの体よりも先に墨川のかなたへ流されてゆきます。わたし? わたしって誰? ぎゅうぎゅう詰めのおしくら饅頭、〈午〉チームと〈子〉チーム、そして人工邪神たちの脚、脚、霧の中から生えてる脚。わたしという感覚が薄れてゆきます。
そうです。そうなのです。わたしは体育祭の中に溶けてゆくのです。なんということ、わたしはわたしたちになってゆきます!
わたしたちが一気に盛り上がり、噴き出し、ここはどこだろうでもそんなのはどうでもいい、このまま押し出せ! 押し返せ! とてつもなく大きな白い玉、柔らかい玉、私たちの玉、玉の私たち、ゴールはどこ、どこでもいい、とにかく押さなくちゃ、押して押して押してもっともっともっとよしこれで勝つる!
ゴール、ごーる、ごおる!うまちーむのしょうり!……
……気づけば、わたしは委員会センター・総合受付の手前のソファに寝かされていました。
「気をつけてお飲み」
つめたいお水が差し出されました。わたしはそっと口を近づけます。ゆっくりと目の焦点が合ってきます。
ふと見ると――コップを差し出していたのは。
北白川紫苑さま!
衝撃のあまり、わたしの口の中から一気に大量のお水が噴き出されました。
「どうやら大丈夫のようだね」
紫苑さまはニッコリ微笑んでいます。びしょ濡れになった花のかんばせを、シルクのハンカチでぬぐいながら、
「入学式以来だね、子猫ちゃん」
え、違いますその後で兵衛さんのラーメン屋で……と言いかけて、わたしは両手で口を塞ぎました。あそこでお会いしたという事実は、けっして誰にも知られてはならないのでした!
ああ、なんという悲劇! でもこれは二人だけの大切な秘密! 悲劇だけど素敵!
「あ、あ、あ、あのあのあの」
「大丈夫」紫苑さまが言います。ということは大丈夫なのでしょう。「子猫ちゃんのお友達も無事だよ。むこうの部屋で休んでる。そして玉転がしは、君たちのチームの勝ちだった。これで良い?」
「え、え、ええ、あそうだアプちゃんは、借り物競走が」
「それも大丈夫」
紫苑さまの目線を追うと、総合受付のところにアプちゃんがスヤスヤ寝ております。首からかけた名札には、
借り物競走 勝者:〈午〉チーム
という文字が。
「はいー番号札四十二番の方、書類受付終わりましたー」
総合受付の委員がわたしにむかって手を振ってます(よく見ると、その人はあの入学式の式実委員でそのあと力車を引いてたあの兄ちゃんなのでしたが、今はそんなことはどうでも良いのです)。ようやくわたしに戻ったわたしに、思考力と記憶も戻ってきます。書類? 書類!
「混成旅団の!」
わたしの叫び声が、委員会センターの広い中央ホールにこだましました。行き来する生徒たちが、一斉にわたしたちのほうへ振り向きます。半分くらいは紫苑さまに気がついて頬を染めてます。
ですが真の衝撃は、その直後にやってきたのでした。
「やあ、子猫ちゃんも今度の返還作戦に参加するのかい。そいつは奇遇だね」
「も?」
「僕も図書委員だからネ、いちおう。たまには業務に参加しないと」
「ももももも!?」
衝撃、そして多幸感。
ふたたび薄れゆくわたしの意識のはしっこのほうで、わたしは近づいてくるアプちゃんの紫色の瞳と、深い毛に半ば隠されている首輪とそこからぶら下がっている鍵を、妙にハッキリと感じとっていたのでした。――
「蓬萊学園の揺動!」連載ページ
- この記事のURL: