
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode03
たぶんそのうち学園を救うことになるはずの主人公は、体育祭に参加した!(その4)
「――えらい騒ぎだな、今年は特に」
低い声が、わたしの隣から響きました。
左隣の座席に、いつのまにか背の高い中年男性が座ってます。最初からいたんでしたっけ。そして車両内のあちこちに転がっていたはずの借り屋さんたち、借り屋殺しさんたちはどこへ? ――と思ったら、忍者装束の女生徒たちが大きなホウキで、半分だけ開いた扉の外、つまり川を越えてさらにガタピシ動き続けている電車の外へと彼らを掃き出し、仕事が終わると一人また一人と外へ飛び降り、最後の一人はわたしにウインクしてきました。黒い装束の背中に白い勘亭流でクッキリと、
鉄道管理委員会 特殊清掃班 女子部
と染め抜かれてます。
わたしはとうとう、この学園を理解することをあきらめて、隣の謎の男に注意を集中することにしました。
謎の男性。美中年といったほうが良いのでしょうか。それともイケオジ? セクシーガイ?
痩せた長身、彫りの深い顔立ち、鷲鼻、青灰色の瞳。
白髪なのか銀髪なのか、ボサボサの頭。寝癖プラス容姿に頓着しない性格、でしょうか。逆さに立てたホウキみたい。そして極めつけ――ヨレヨレの白衣!
うん間違いない。この人物は研究部の先生です! ……教授、いや助教授? うーんズバリ新任の教授!
「なにさっきから独りでブツブツ言うとんのん、そよっち」
「えっ」
赤面するわたし。
すると、イケボのイケオジさんは微笑みかけました。
「なるほど……君が、かの高名なる〈講堂の魔女〉なのだね」
先生が、じっとわたしの瞳を見つめます。ちょっとヨーロッパ風に訛った日本語です。強い巻き舌はドイツ系?
「九条・ツァンガー・アキラ。お見知りおきを」
大きな手を差し出してきます。アミ先輩はお知り合いなのか、あるいはこの教授さんが有名人なのか、お互いに軽く会釈するだけ。
九条教授、わたしのアプちゃんをチラリと見ました。いいえ、そういえば先ほどから何度もチラチラとアプちゃんのことを観察していた様子でした。
「ああ……アプロスか、なるほど」
と彼は言いました。
「いえ『アプちゃん』ですけど」
わたしの言葉にも彼は曖昧に笑うだけ。
「こういう発現形式もあるんだな。――それで、我らが魔女さんは、本日どのような用向きで委員会センターへ?」
わたしは返還旅団のことを説明します。
しなくても良いのですけど、なんだか九条教授の柔らかな物腰は、こちらの警戒心を解いてしまう不思議な威力があるようでした。
それともわたし、実はこういうタイプもイケる口だったのかしら。
「なるほど。ああ、このあたりは……まだZONE-03か」教授はあたりを見回してから、わたしの瞳をまっすぐに覗き込みました。そして「あんまり君のアプちゃんをZONE-5へつれて行かないほうが良いよ」
「ぞーんふぁいぶ?」
「南部密林、研究部最深部、淵内湾、尾登呂ヶ沼」彼はスラスラ列挙しました。「そしてもちろん旧図書館」
「え、それはどういう――」
「やあ、そろそろ停留所につきそうだ」
教授は優雅に立ち上がりました。人の話を聞いてないんかい、こら。イケメンだと思って舐めんなや!
てなことは一切口に出さず、わたしとアミ先輩もあわてて下車の準備。
駅に着くと、教授さんはいずこともとなく立ち去って、わたしたちも環状線のホームへ全力ダッシュします(ここには、わたしたちを捕まえようという借り物競走の参加者は、ほとんどいませんでした……よっぽど路面電車の行先変更が急だったようです:途中でほんの数人、アミ先輩の上腕二頭筋の餌食になっただけでした)。
ホームの先頭に着くと同時に、列車が滑り込んできました。急いで乗車。と、そこへ京太くんが駆けてきて、後ろから殺到する数人の借り屋さんぽい方々に押されながら、転がり込みます。実にナイスなタイミングです。
ですが。
が。
が。
が……年上の借り屋さんたち(すぐにバトルを始めました)に押されて、電車の床にばたりと倒れた彼、京太くんの出で立ちは。
落ち着いた黒の、くるぶしまであるはずの長いスカートの裾は腿までめくれ、白いストッキングはフリル付きの黒いガーターベルトでぴったり固定、なので絶対領域は全部ギリギリ隠れてます。神よ!
そして――華奢な体をかばうように白いピナフォア(エプロンドレスと呼んでも良いですが)、その下からぴょんとはみ出るふくらんだ袖、おつむにはふんわりホワイトブリム、対照的に黒光りするエナメルの靴。
本格です。
雪山の山荘的な意味ではなく、夏冬に有明で開催してる的意味での本格派の、つまりメイド服です。
メイド服!
ふと横を見ると、アミ先輩が鼻血たらしてます。
先輩が。美少年の。メイド服に。鼻血を!
わたしの右手がなぜか動き出し――音もなく差し出され――わたしたち二人はがっつり握手。そのまま二十秒。なぜって? なぜって? なぜってもちろん! これ以上なにをわたしに言わせようというのですか?
それから先輩が空いたほうの手でティシュペーパーを二枚出して、そのうちの一枚をわたしに渡しつつ、
「そよっちもヨダレ」
「あ、すみません」
二人で黙って顔を拭きました。
「で、何してるんですかお二人とも」京太くん、裾を直しながら立ち上がります。
「それを言うなら京太くんでしょ、なんでそんな……素敵な……格好を」
「ボク? ああ、さっき男子寮の近くで制服改正デモに巻き込まれまして……それで詰襟団のストームに」
わたし、センター前のデモ隊を思い出します。あの褌スキンヘッドvs詰襟軍団。なんてこと!
ふと気づくと、京太くん以上にビシッと決めた本格メイド服のメガネ女生徒が、京太くんにお辞儀をして、そのまま後ろの車両の方へ立ち去ろうとしてます。
京太くんはあわてて、
「あ、ありがとうございました!」
「いいえ、これもメイドの嗜みです」
その人は微笑んで、借り屋さんたちのあいだを優雅に歩み去ってゆきました。
「今のは?」わたし、去り行く彼女の背中と京太くん(うっすら化粧してるので唇がキラキラしてますし、ファンデーションのノリも完璧です)とを見比べました。
「あ、ですからボクが駅前で詰襟団に身ぐるみ剥がされた時に、助けてくれたんです。お名前はたしか、えーと名札が……三田・園子……いや三田園・子さんだったかな」
ってどう考えても前者が正解でしょうに。こいつ、どんだけ人の名前まちがえて読むんじゃ。ていうか、詰襟団?
「制服改正運動ですよ」と京太くん。「去年くらいから盛んになってるそうです。本土時代の、小樽高の制服を復活させようって。それでボクもあやうく詰襟にさせられるところを」
「……メイド服を貸してくれた?」
「はい」
理解することを放棄していはずのわたしですが、無数の疑問点が同時に喉の奥から吹き出しそうになりました。
すると京太くんが、
「えーとじゃあ順番に説明するとですね……まず詰襟団と裸人教徒のクラッシュは、そういう競技なんですよ。ほら」
どこから取り出したのか、タブレットを差し出します。なるほど、たしかに詰襟団vs裸人教団、エキシビション・マッチ、笛野山から委員会センターまで、終日。
わたしはまた考えるのをやめました。すると、
「そういえばそよ子さん、さらにランクアップですよ!」
「え」
タブレット画面が切り替わります。
わたしの名前の下には、入学式以来の〈講堂の魔女〉の他に、
〈路面・ザ・ターゲット〉
〈一角獣の姫〉
〈10ポイント・ガール〉
〈女子寮から歩み去る彼女〉
等々の最新ネームが並んでいるではありませんか!
「増えてる!なんか凄い増えてる!」
「あ、まだこのへんは候補ですから。ほら、いま投票中で得票が貯まると色が変わります」
ああよかった。ってなるかーい!
それよりさっきの文字化けは何だったの、と言おうとした瞬間、またしても車掌さんの声が響き渡りました。
〈えーただいまより体育祭期間緊急信号によりこの車両は緊急停止いたします〜、障害物競走と玉転がしが〜こちらへ接近中のため〜緊急停止いたします〜、どなたさまも近くの手すりや吊り革にお捕まりください〜……衝撃波到達まであと五秒〜……三秒……到達しま〜〉
す、と言い終わる前に、電車は横転しました。
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