
連載
蓬萊学園の揺動!
Episode03
たぶんそのうち学園を救うことになるはずの主人公は、体育祭に参加した!(その2)
ああ、あああ! 動悸が、恐怖が! 体の揺れが、揺れが止まりません! 文字で表現すると揺れ揺れ揺れ揺揺揺揺れるれるれがが止ま止まままままま。
「で、さっきから何ブツブツおかん呼んどんの、そよっち」
「ま?」
驚いて振り向くと、そこには長身怪力光沢素肌の巨大筋肉女神が!
じゃなかった、我らが女子寮自警団副団長・アミ先輩が!
わたし、手早く状況を説明します。
「書類やったらアプリで送信したらええんちゃうん?」
「毎日やってるんですけど上手くいかなくて。体育祭始まってからずっと」
「ははーん」先輩の頷きと腕組み。「また輻輳やな……特に今年はテーマがテーマやしな」
「てえま?」
「せや。ここんとこ毎年、体育祭と、秋の文化祭にはテーマ決めるようなってん。なんや上級学生どもが決めよるんやけどな。今年は〈あるく〉やて」
あら。このイカれた巨大学園にしては、意外に普通。
「なもんで、車両は利用禁止んなってん。自転車もな。電車関係は鉄道管理委員会がゴネて除外なってんけど。せやから、みんな一斉に電話と動画で連絡はじめよって、おかげで女子寮内のLANも虫の息」
「あらま」
やっぱりこの巨大学園はイカレポンチなのかも。
とか言ってるあいだにも、体操服やら迷彩服やらをまとった各クラスの猛者とおぼしき方たちが、じわじわと間合いを詰めて来てます。寮の敷地ギリギリのところにピッタリ並んで、なるほどここまでが女子寮扱いなのかと新入生のわたしにも勉強になります。とか冷静に観察してる時ではありません!
「どどどどどうしましょう」
「しょむないなア」
アミ先輩、両腕を交互にぶるんとプロペラみたいに回します。想像以上に柔らかいです。あと風圧も凄いです。もしかしてこのまま両腕を回して飛行するのでは……というわたしのスットコドッコイな妄想はさておき、アミ先輩は右腕でわたしを、左腕でアプちゃんを抱えるや路面電車停留所へダッシュ開始!
「強行突破すんでえ!」
猛進、いいえ驀進、あるいはむしろ最大戦速! 目の前に群がってきた生徒たちがバシバシ弾き飛ばされます、宙を舞います、クルクル三回転半を決めて大向こうから拍手喝采です。
丸い盾と長槍でかためたスパルタ様式の先輩たちも、ファランクス陣形に並んだ体育会系の皆様も、順序よく弾き飛ばされてまるで古典舞踊さながら。
よくよく見るとアプちゃんも大活躍、長い角を左右に振り回して敵軍を蹴散らしてます。ほのかに角が青白く輝いているのは気のせいでしょうか。
そして音です、大音響です! 悲鳴が飛び交い、怒号と退却指示と陣地死守号令が混じりあって奇っ怪なる阿鼻叫喚の交響楽が女子寮ジグラット前を完全支配!
筋肉、筋肉!
やはり噂どおり筋肉はすべてを解決するのです!
と言ってもわたしの筋肉じゃないんですけど。
「なんか言うた?」
「いえ何でもないです」わたし、ゴトゴト揺れる路面電車の座席にちょこんと座ってお辞儀します。「助けていただいて本当にありがとうございます」
さて、無事乗り込みはしたものの。
わたしとアプちゃん、左右を見回します。
車内はそんなに混んでません。
ですが……どうみても一流の殺し屋然とした乗客たちがいるのです。
片目に眼帯、黒い中折れ帽を目深にかぶり、ひしゃげた短い煙草(シケモク、というやつでしょうか)を口の端にくわえ、なぜかトレンチコートの方だらけです。もう暑い時期だというのに!
ただ、中折れ帽の人の隣にいるイガクリ頭の人は赤いジャケットで胸ポケットに何かを握ってて、その他に二人ほど白い無地のTシャツにニットの目出し帽をかぶってます。
「借り屋、やな」とアミ先輩。
「えっ」
「ほいで、あっちの隅の、赤ジャケットと黒い中折れ帽と目出し帽二人は借り屋殺し」
「えっえっ」
借り屋――というのは報償金目当てに借り物競走の間だけそこからともなく現れるんだそうです。
「えっえっえっ、あの、この学園の」
「生徒や。在籍十年目くらいやな」
いろいろイカれてますが、なんとなくわたしにも呑み込めてきました。つまりこの学園には、どんな人でも――本当にホントウにどんな人でも――存在するのです!
なんだったら存在しない人まで存在するかもしれません。
そんな存在論的恐怖にわたしの全身は細かく揺れはじめました。
「まあ言うても車内では攻撃禁止やから安心してええよ」
アミ先輩のお言葉に、わたしの揺れはおさま…るどころか倍増です。
なぜって、借り屋さんも借り屋殺しさんも、ジワリジワリと接近してくるではありませんか!ああ、ああ! どうしたらよいのでしょう! ココロをナニにたとえよう(二回目)!
ほんの2キロ弱を路面電車で移動するだけなのに、なんでこんな大冒険になってるの?
と。
短い音。
小さな風船を押しつぶしたような奇妙な音です。
同時に、むかって一番右側のフェドーラ帽の人が膝から崩れ落ち、灰色のトレンチコート二人が後ろを振り向き、赤ジャケットが胸元から鉛色の塊を電光石火で抜きはなち、目出し帽が床を転がって乗車扉のところで片膝をついてこちらを指差しました。
いいえ、違います。
小さなプラスチックの塊の先端を、トレンチコートたちに向けているのです!
「えっえっえっえ」
「心配いらんて」
というアミ先輩の「い」と「ら」の間に風船を潰すプシュプシュという音が繰り返され、「んて」が聞こえると同時に三人の借り屋さんが仰向けに倒れ、その手からS字形にゆるく曲がったナイフや六連発銃がこぼれ落ちます。
六連発銃!?
「ろくれんぱつじゅうう!?」
「古い言いまわしやなあ。リボルバーでええんやで。もしくはリヴォルヴァー」
「いえそういうことじゃなくてっ! 攻撃禁止じゃなかったんですか!?」
「ありゃ?」
アミ先輩は手元のスマホを見直します。
「あ、ちゃうわ。借り物競走のターゲット……つまり自分とユニコーンやね……への直接攻撃は厳禁で、あとは自由やったわ。ははは」
自由!?
じゆう!
ああ、この学園に入学して以来、幾たびその単語を耳にしたことでしょう!
おお、自由、自由! 汝の名のもとに、なんと多くの罪が犯されたことか!
と、断頭台に立ったロラン夫人の最期のセリフを舞台中央でカッコよく決めたその瞬間、わたしのスマホがブブブブブと揺れました。ああ、持ち主の心を分かってくれたのかしら。ってそんなわけあるかーい! と軽くノリツッコミを入れてから表示を見ますと、京太くんからのメンションでした。学園中が輻輳してるのに、学内SNSだけ復活したのかしら。
〈いやSNSはまだ不安定で、これは一方的なメンションなんですけどね。〉
という書き込み。なんでわたしの内面描写までSNS経由で読めるのでしょう。ちょっと万能すぎませんか京太くんの顔色を読む能力。
〈それはともかく、すごい発見がありましたよ!〉
〈何ごとですか〉
すると。
〈アプの正体と失われた教科書です!upとd露lsぃもjs両者のlsμlろなんですけど〉
ん? なんか文字化けしてるんですけど?
〈つまりこういうlpypfrdい。そよ子さんの飼ってる一角獣のアプは、実はS@@TPDDypoo,soyr今まさに研究部でm数mhっjxzdsfsdh不思議β;fwっばぎyなんです! おそらくは、かつていやわ売地v;絵wr;kの鰐淵に得意のx義yひyfwっばぎyの子孫というか変容したdpっmxそts遠っμfrd伊hs。詳しくは昔の学園年鑑えp、おyrぃfsdそ。〉
輻輳の影響?
〈そして失われた教科書はhsぃrっめpxdkmlj、zするためにl陽dろdstrys巨大なアプ蘆數nandesu。《欠史八代》と今は呼ばれている当時の生徒会長たちが、代々gwっば;っbし続けていた呪術レジあおんまい、なのだとボクは分析してます。わかりますか?〉
〈あのーほとんど文字化けで全然わからないんですけど〉
〈ですよね! ボクも心底驚きました! この謎を解くのに、この数週間学園中を駆けずり回ったんですけど、まさかこんな事態が進行してたなんて!〉
〈もしもし? 京太くん?〉
〈でも本当の問題はここからなんです。おそらく三十数年前にnjγっhj↓を獲得してしまったz;jflxjたちに反応して超巨大z;jflxjが外宇宙からg↑hlj、dkを来訪したんですよ! 憶えてますか、あの2017年のlじじzの事件を! その結果、学園中のデータが消されてしまって、当時の生徒会は《欠史八代》と呼ばれることになったんです……臆軟手凝った、南斗云フ左右田否天海難陀!〉
〈ノックしてもしもーし?〉
〈そうだ、今どこですか? そよ子さん〉
あれ。なんだか急に文字化けしなくなってる。
〈えーと委員会センター前に向かってる途中……ありゃ〉
その瞬間、路面電車の運転手さんのアナウンスが。
「えー鉄道管理委員会の路面電車いつもご利用ありがとうございます〜ただ今緊急連絡が入りまして〜次の停留所の〈委員会センター前〉でデモ隊による騒乱が発生しておりますので〜大事をとっていったん迂回し〜次は〈笛野〉停留所方面へ参ります〜、え〜この車両は〈委員会センター前〉では止まりません〜また〈星ヶ丘〉〈正門前〉方面へは参りませんので〜ご了承ください〜」
ええええ!?
愕然とするわたしに、
「まあしゃあないわ――出直すか、なんやったら環状線にグルグル乗ってデモ隊おさまるまで待と」
わたし、呆然としつつも京太くんに状況をお知らせします。
返事は、
〈了解です、じゃあ笛野駅まで路面電車で来て、環状線ホームの先頭に居てください、そこで合流しましょう〉
「蓬萊学園の揺動!」連載ページ
- この記事のURL: