
連載
君はあの朝比奈純一を覚えているか。90年代を駆け抜けた,珠玉の「蓬萊学園」関連作品をまとめて紹介
蓬萊学園の既存作品を知る人であれば,「んん?」と感じる点がいくつもあったと思うが,いかがだっただろうか。数十年の空白期間を超え,いろいろと想像する余地が残っているだけに,筆者としても今後の展開が実に気になるところである。
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一方,蓬萊学園に触れるのが初めての人にとっては,まだまだ戸惑う部分も多いに違いない。また過去に何があったのか,どんな作品群があったのかが気になっている人もいるかもしれない。
そこで今回は,以前に掲載したコラムの続編として,これら蓬萊学園の主要作品をざっと紹介してみることにしよう。なお記事中で紹介している作品は,現時点ではいずれも絶版となっている。小説作品の一部はクラウドファンディングによる復刊が企画されているものの,今すぐ入手するには古本屋を利用するしかないので,その点はどうか留意してほしい。
「蓬萊学園の揺動!」連載ページ
「ネットゲーム90」後のシリーズ展開は?
最初のPBM「ネットゲーム90 「蓬萊学園の冒険!」が終了した後の1991年,遊演体はテーブルトークRPG「蓬萊学園の冒険!!」を発売し,ネットゲームの終了後もこの巨大学園の歴史を継続することを宣言した。
同年9月には,富士見ファンタジア文庫より,グランドマスターの新城カズマによる書き下ろし小説「蓬萊学園の初恋!」を刊行。1991年1月に入学した1人の新入生の初恋にまつわる大騒動を描いたこの作品は,ネットゲームに参加しなかった人間に対するワールドガイダンスとチュートリアルの役割を果たしていた。
また,この本のあとがきで,蓬萊学園ファンクラブ(蓬萊学園FC)の設立も発表された。
これは遊演体内部に設立されたファン主体のボランティア団体であり,「蓬萊タイムズ」に代わる新たな新聞形式の小冊子「蓬萊ニューズレター」を会員向けに不定期発行する役割を担った(「蓬萊タイムズ」自体も,テーブルトークRPG版のサプリメントに含まれる冊子の形で残された)。と同時に,ファン創作やテーブルトークRPG「蓬萊学園の冒険!!」のプレイ結果をファンクラブが公認する,“テーブルネット”構想の展開を行った。
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作品世界内部における,1991年から1994年までの蓬萊学園の歴史は,テーブルトークRPGと新城カズマ氏の小説シリーズを主軸に展開された。
小説版の版元である富士見書房(角川書店 富士見事業部)のエンターテインメント雑誌「ドラゴンマガジン」には,学園の女性教師である知里しのぶを主人公とする新城氏の短編シリーズが不定期掲載され,同社のコミック雑誌「コミックドラゴン」にも,米村孝一郎氏のオリジナル・ストーリーによるコミックが幾度か掲載された(これは単行本「蓬萊学園の疾走!」にまとまっている)。
また1994年になると,遊演体は再び蓬萊学園を舞台とするPBMを開催した。
これは“S-NET”と銘打たれた,運営期間を半年に短縮したミニマムなPBMで,タイトルを「蓬萊学園の休日!」という。グランドマスターは坂東真紅郎氏(当時のマスター名は坂東いるか)が務めた。またこの年,「RPGマガジン」でも読者参加ゲーム「蓬萊学園の競演」が連載され,翌1995年にはテーブルトークRPGの改訂版ルールブックも発売された。
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当時発売された,主要な製品ラインナップは以下のとおり。
小説作品 | |
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蓬萊学園の初恋! | 1991年度の入学生である朝比奈純一が,入学式の日に一目惚れした名前も分からない少女を,10万人の学園生徒の中から探し出すべく奮闘する物語。しかし思いもよらぬことに,彼女には学園史の暗部にかかわる重大な秘密があった。 なお,のちに発売されたドラマCD版(!)は,脚本を担当した千葉克彦氏によるアレンジが加えられており,さらには当時としてはかなり豪華な声優陣(主役に山口勝平さん,ヒロイン役に椎名へきるさん&久川 綾さんなど)が出演する逸品であった。 |
蓬萊学園の犯罪! (上・下巻) |
旧理事会体制が崩壊した蓬萊学園には,野々宮家に代表される本土の新興勢力が入り込み始めていた。そんな中,ゲーム研が運営する秘密カジノで野々宮家の次女・雪乃と,生粋の賭博師ソーニャ・V・枯野が出会ってしまう。“黄金生徒証”をめぐってエスカレートする2人の対決を描くビカレスク小説。 |
蓬萊学園の魔獣! (上・下巻) |
「犯罪!」の事件の影響で窮地に立たされているフェンシング部部長テオドール・ザールウィッツは,起死回生の一手として宇津帆島南部に広がる人外魔境,南部密林に目をつける。彼の物語を縦糸に,学園研究部で保護されている謎の少女“緑(リュー)”をめぐる物語を横糸に織りなされる,変格風味の秘境冒険小説。 |
蓬萊学園の革命! (1巻〜) |
折川育郎,ピエトロ・パルメッティは,土本建築研所属の一年生。学園の大動脈を握る鉄道管理委員会の頂点に立つ委員長,野々宮姉妹の長女・花江の抽選会に当選した彼は,彼女に望みを伝える機会を得る。土壇場で彼が思いついた美しい“夢”はしかし,鉄道管理委員会の利害に真っ向から対立するもので……既刊は1巻のみで,続巻が待たれる。 |
弁天女子寮攻防戦 パーフェクト・ラブレター 騎馬っていこう! 香住の中の10万人 |
新城氏による教師探偵・知里しのぶのシリーズと,当時の遊演体スタッフや外部の作家陣による作品を収録したアンソロジー。新城氏以外では,「フルメタル・パニック!」「甘城ブリリアントパーク」で知られる小説家・脚本家の賀東招二氏(「弁天女子寮攻防戦」の表題作が商業作家デビュー作)や,今世紀に入ってからは主にアニメのシリーズ構成・脚本家として活躍中の小説家・雑破業氏が,中心的な作家として参加していた。 |
ネットゲームがよくわかる本 | 角川書店のスニーカー・G文庫から刊行された,ネットゲーム(PBM)未経験者のための解説書。蓬萊学園を舞台とする商業ネットゲーム(1994年に開催されたネットゲームS94「蓬萊学園の休日」が対象)を,プレイヤーたちが楽しむ様子を,架空の手紙やリアクションなどで再現したもので,実録小説的な内容になっていた。著者名としてクレジットされている「ゆうせぶん」は,当時,遊演体に所属していた7人のライターたちの共同ペンネームである。 |
コミック作品 | |
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蓬萊学園の疾走! | SF小説「星界の紋章」のコミカライズなどで知られる米村孝一郎氏によるコミック作品集。「試験に出る蓬萊学園!」(BNN)などのサプリメントや,富士見書房の「コミックドラゴン」誌の掲載作を中心に6編を収録しており,「初恋!」と合わせて手頃な入門書となっていた。蓬萊学園という非日常的な祝祭空間からの“卒業”を描いた「蓬萊学園の卒業」は必読だ。 |
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テーブルトークRPG作品 | |
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蓬萊学園の冒険!! | ルールブックのほか,公認クラブ・委員会のリストを含む設定集「学園案内」,「ネットゲーム90」の終了後の状況を伝える「蓬萊タイムズ」,シナリオ集などで構成され,プレイヤーキャラクターやノンプレイヤーキャラクターに割り振ることのできる学籍番号入りの学園生徒証が付属した。なお,あまり知られていないが,「学園案内」にはクラブ・委員会の人事情報などが更新されている91年版,92年版,93年版が存在する。 |
蓬萊学園の放課後!! | 1991年の学園を大いに揺るがした,90年動乱の重要人物の1人(プレイヤーキャラクター)であるアブラハム(中略)カダフィーの帰還にまつわるキャンペーン・シナリオ。基本セットの付属シナリオに登場した,古代応石の2つ目にまつわる内容だった。 |
蓬萊学園の秘密!! | 「ネットゲーム90」で断片的に言及のあった,1960年代の学生闘争の背後で進行していた全世界を巻き込む陰謀劇が露わにされるオカルティックなキャンペーン・シナリオ。日本PBMアーカイブスの理事の一人である中津宗一郎氏が1990年に発行していた同人誌「蓬萊学園人名辞典」の巻末冗談広告が元になっている。 |
蓬萊学園の探検!! | 「ネットゲーム90」でその存在が明らかになった,地球最後の冒険世界・月光洞にまつわるソースブックとキャンペーン・シナリオ。資料パートは「ネットゲーム90」で活躍した非公認団体・始原の友が1992年に刊行した同人誌「月光博物誌」を発展させたものとなっている。先の“テーブルネット”構想から生まれた一本と言えるだろう。 |
蓬萊学園の冒険!! 改訂版 | 遊演体に所属するゲームマスターの1人(現在はノベライズ作家として活躍中)である伊豆平成1号氏を中心にリデザインされた,改訂版ルールブック(いわゆる第2版)。小説版や「蓬萊学園の休日!」の事件を踏まえて学園内の状況がアップデートされているほか,キャラクター同士の関係性をシステム上で判定する仕組みとなっていた。 |
なお,これらのメインストリームの製品以外にも,蓬萊学園にまつわるガイドブックなどの関連書籍が,1990年代中頃までBNNや新紀元社などから何冊も発売されている。
入口はそれぞれ違っていたろうが,さまざまなメディアで展開された蓬萊学園の物語は,当時の数多くのクリエイターを魅了し,大きな影響を与えた。
短編集に参加していた賀東招二氏は,もともとは前述した「蓬萊学園の休日!」の軍事関係を含む体育系クラブを担当したマスターであり,富士見ドラゴンブックの汎用テーブルトークRPGシステム「マギウス」のサプリメント「蓬萊学園RPG:蓬萊83分署」を手がけるなど,1990年代中期の蓬萊学園の展開において大きな役割を果たした人物である。ちなみに氏の代表作「フルメタル・パニック!」において,秘密組織ミスリルの基地が置かれていたメリダ島の設定は,宇津帆島のオマージュになっていた。
また,漫画家の赤松 健氏は,同じく巨大学園ものである「魔法先生ネギま!」を構想するにあたって,アシスタントから教えてもらったという蓬萊学園のビジュアルに触発されたところが大きかったという。
さらに日本PBMアーカイブスのサイトには,蓬萊学園から強い影響を受けたクリエイターとして,TYPE-MOONの奈須きのこ氏(「Fate/Grand Order」など),スクウェア・エニックスのプロデューサーである齊藤陽介氏(「ドラゴンクエストXオンライン」,「ニーア」シリーズ)の名前が挙がり,それぞれのロングインタビューが掲載されているので,興味のある人はチェックしてみてほしい。
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デジタルゲームへの展開
コンシューマーゲーム化の話も,幾度か持ち上がった。
1992年にはメガCD向けゲーム企画が発表され,ソフトバンクの「BEEP!メガドライブ」誌にフォロー記事が連載されたが,残念ながらこちらは頓挫。その後,改めて企画されたスーパーファミコン向けの「蓬萊学園の冒険! 転校生スクランブル」がJウイングから発売されたのは,1996年のことである。
「蓬萊学園の挑戦!」のイラストなど,初期の頃から蓬萊学園に関わっていた富士 宏氏がキャラクターデザインを担当した同作は,やはりソフトバンクの雑誌「Theスーパーファミコン」にサポート記事が連載された。
内容は当時のスラップスティック・コメディらしい,いろいろとかっ飛んだものであり,公式のタイムラインと連動しているとは言い難いものではあったが,単体のRPGとしてはなかなか面白く遊べるタイトルではあった。なお,ここ数年で妙に人気が高まったようで,中古市場ではかなり高騰し,ひところは大量の偽物まで出回っていたようである。
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蓬萊学園FCは,1998年頃まで活動していたと記憶している。1996年と1997年には遊演体ではなく,蓬萊学園FCのスタッフがマスターを務めるPBMが開催され,それなりの盛り上がりを見せていた。
しかし「蓬萊学園の革命!」の続刊は登場せず,またこの時期に新城氏とFCスタッフの一部が遊演体を離脱したこともあって,蓬萊学園FC,ひいてはテーブルネット構想は,1998年をもっていったん休眠することになった。
ただし,グランドマスターである新城氏が離脱したものの,蓬萊学園の展開はそこで完全に止まったわけではなかった。1999年8月2日から10月31日にかけて,遊演体はハドソンと共同で「蓬萊学園の冒険!!〜南方発放課後メール」を運営した。
これは“eメール・コミュニケーションゲーム”と銘打った,電子メールを使ったいわゆるPBeM(プレイ・バイ・eメール)であり,蓬萊学園シリーズになくてはならない架空のニュース記事もメールニュースという形で配信された。
運営期間こそ3か月と短かったが,けっこうな人気を集めたようで,この年にハドソンの副社長に就任した中本伸一氏が蓬萊学園に強く興味を抱いたこともあって(当時,筆者が中本氏本人から聞いた話だ),同社は携帯電話という最新のコミュニケーションツール向けに,改めて蓬萊学園を舞台としたゲームを企画した。
これが2001年2月から2004年3月にかけ,ハドソンのiモード・ゲームサイト“webbeeハドソン”で配信されたiモード版「蓬萊学園の冒険」だ。プレイヤーは毎日行動を選択して日記を受け取ったり,毎日更新の作中ラジオ番組や,週一更新のストーリーなどで擬似的な学園生活を送ったりできたという。筆者は未プレイだが,当時を知る友人から聞いた話では,火星に行く展開もあったとのことである。
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「蓬萊学園の揺動!」Episode02は来週6月14日スタート!
と,ここまでがiモード「蓬萊学園の冒険!」が運営されていた2004年までの蓬萊学園のざっくりした状況だ。以後,実に20年にわたり,商業作品としての蓬萊学園の展開は途絶えてしまっていた。
そこへきての新作小説「蓬萊学園の揺動!」である。
さて,数十年の空白の間に何が起きたのか。考えすぎな主人公・小鳥遊微風子と,なにやらワケアリそうな少年・栗尾京太は,長い学園史にどんな1ページを加えるのか。そして,突如現れたユニコーンの真意とは?
来週6月14日にスタートするEpisode02にご期待あれ。
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「蓬萊学園の揺動!」連載ページ
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