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2022年以降,Steamに起こった変化。“売れる方法”が通じなくなった理由と,これから生き残る方法とは[CEDEC 2025]
本講演に関してはすでにダイジェスト版を掲載しているが,本記事はより詳細に記載している詳報版となる。
2022年以降,Steamでの競争が激しくなり,これまでのプロデュース手法が通用しなくなったが,その理由はなぜなのか。また,その中でインディーゲーム関係者が生き残るにはどうすれば良いのかが語られた。
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Steamでの競争はより激化し,ユーザー層も変わる
●「300万本売ったインディーゲームのプロデューサーだけど,もうSteamでは今までのプロデュースでは限界かもしれない 〜2000万かけてメディアを作ったワケ〜」登壇者
・斉藤大地氏(ワイソーシリアス WSS playground 代表)
・Jini氏(ゲームゼミ 主筆)
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斉藤大地氏は「NEEDY GIRL OVERDOSE」「ロードス島戦記 -ディードリット・イン・ワンダーラビリンス-」といった作品をプロデュースし,ヒットを飛ばしてきた。
これらがヒットした理由は“Steamに早い段階から参入し,無料のメディアであるという側面を活用して目立ってきたことである”と斎藤氏は分析する。
しかし,2022年以降,こうした手法は通用しなくなり,苦戦が続いているという。その理由を知るために,新たなメディアである「I.N.T.」を立ち上げて海外取材を行い,そこで得られた知見の一部を発表する,というのが本講演の主旨だ。
では,これまでの手法が通用しなかった理由はどこにあるのだろうか?
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これまで新作ゲームを広く売るにはプロモーション費用が必要であり,時には開発費と同程度の額が求められることもあった。こうした常識を覆したのがSteamである。
多くのユーザーを擁し,トップのバナーを始めとし,数千万円ほどのプロモーション費用に換算できる露出を無料で行ってくれる。これを見たユーザーは,そのままゲームを買える。Steamはショップとしての機能を注目されるが,同時に巨大なメディアでもあるのだ。
売れたゲームは人気ランキングに載って人の目に留まりやすくなるし,注目作ともなれば,割引というさらに注目を集める機会が与えられることもある。
加えて,個人の購入履歴からおススメを提案する「ディスカバリーキュー」や,特定ジャンルを特集する「テーマフェス」も行われており,これらの充実した施策から「Steamはゲームを売るのに本気のプラットフォーム」であると斎藤氏は評価する。
特にテーマフェスでは「発売日よりも多く売れた」こともあるという。通常,ゲームの売れ行きは発売日直後がピークとなるが,常識を覆したのがSteamというわけだ。斎藤氏は「Steamはインディーゲームという文化を支えた」と総括した。
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斎藤氏のワイソーシリアスはSteamの有効性を活用しており,2019〜2022年に,ネット文化+ドット絵アドベンチャーの「NEEDY GIRL OVERDOSE」,強力なIP+購買力のあるファンがいるメトロイドヴァニアの「ロードス島戦記 -ディードリット・イン・ワンダーラビリンス-」と,パブリッシングの立場でヒット作を連発している。
しかし,2023年以降に同社が出した新作はヒットしていないと斎藤氏は語る。氏が例に挙げた「少年期の終り」「ブレードキメラ」は作品の質は高いもののレビュー数が1000を越えていない。「ブレードキメラ」については,過去作より長くプレイできるにも関わらず,ボリューム不足を指摘するレビューが目立ったそうだ。
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このように,ソフトが注目を集めにくくなっている理由として,斎藤氏はソフト数の増大や大手の参入を挙げる。2022年から2024年で,ソフトの発売数は1か月当たり1000本から2000本に,年間では1万2000本から1万9000本に増加している。
そして,2022年までの盛況を見て大手が大ボリュームの過去作を投入したことで,総額によるランキングにおいて単価の低いインディーは不利となり,露出の機会も減少した(「Steamは売り上げが一定に達しないソフトに対して足切りを行っているのではないか」という仮説も存在するという)。
かつてはアーリーアクセスのソフトに対して,ユーザー側も一定の理解を示していたが,近年は「お金を払ったのだからもっと遊びたい」という,ある意味まっとうなレビューも増えているという。
また,これまではバナーにキャッチーな色を使うなど,目立つ戦略が有効だったが,2024年以降は目立つものよりも手堅く面白いものが求められていると氏は感じている。
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Steamがすべてのゲームに開かれたプラットフォームであり,ユーザーもアーリーアダプター以外の層へ広がったからこその変化が起こっているわけだ。
斎藤氏は「Steamは成熟するまでの期間が長かったが,世間から認められてしまった」と語る。かつてのTwitterやYouTubeのように,インターネット上のプラットフォームはこうした変化を辿っていくが,Steamの変化は予想以上の速度で進み,マーケティングが難しくなったという。
Steamでのゲーム販売は,予算をかけ,ブランド力を高め,多くの人員でボリュームあるゲームを制作する「資本の総力戦」とでもいうべきフェーズに突入しているが,斎藤氏はインディーであるがゆえに総力戦ではない解決を探っている。
どうすればいいかをJini氏とともに海外取材し,得られた知見を発表するメディアとして「I.N.T.」を立ち上げたのだ。
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Steamで今後生き残るためのキーワードは「コミュニティ」「Steam Nextフェス」「Agency」
I.N.T.の編集長であるJini氏が,「Cult of the Lamb」のMassive Monster,「Thronefall」のGrizzlyGames,「Baldur's Gate 3」のLarian Studiosに取材した成果を発表した。キーワードは「コミュニティ」「Steam Nextフェス」「Agency」の3つとなる。
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●「Cult of the Lamb」に見る,コミュニティの大切さ
「Cult of the Lamb」は子羊がカルト教団を作るアクションRPG+シミュレーションで,オーストラリアのMassive Monsterが開発している。チームのDiscordには14万人ものプレイヤーが参加しており,DLCや次回作といった新展開において心強いものがある。
特徴的なのが,地元にリアルのコミュニティがあるという点だ。2024年のPAX AUSではファン同士のリアル結婚式も行われ,地元紙に取り上げられたという。
Julian Wilton氏はコミュニティの重要さを認識しており,マーケティングスタッフとは別にコミュニティマネージャーを用意すべきであると語っている。日本人はマーケティング=コミュニティと捉え,良いゲームを作れば,自然と良いコミュニティが生まれると考えているが,それは誤りであるとJini氏は指摘した。
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●Steam Nextフェスで飛躍した「Thronefall」
ミニマルなシミュレーションである「Thronefall」が大ヒットとなった理由は,Steam Nextフェスにしっかりとしたデモを用意できたことである。Steam Nextフェスはさまざまなデモ版を特集するイベントだが,ここにインディーのチャンスがある。
Steamにも大手が参入し,ボリュームや費用をかけたマーケティングでユーザーから注目を集めているのは前述したとおり。大手は家庭用ゲーム機版との連携などでデモ版にはいまだ消極的なため,インディーも目立つことができるのだ。
GrizzlyGamesはゲーム開発を実況するDev Logも配信している。手間はかかるものの,コミュニティ作りに役立つだけでなく,動画を見たユーザーからフィードバックを受けられるのもメリットとなっている。
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●「Baldur's Gate 3」とLarian StudiosにはAgencyを重視する文化がある
極めて自由度の高い「Baldur's Gate 3」は,世界に7つの拠点を持つLarian Studiosが制作している。人件費の安い国でアセットを作るといった経営的な理由ではなく,拠点のそれぞれが同等の機能を持っている。
また,どこかの拠点が夜になって業務を終えても,別の拠点が朝になって開発を始めるというように戦略的な配置がされており,24時間体制での稼働が実現されているという。
Larian Studiosが重視するのがAgency,日本語でいうと「行為的主体性」だ。スタッフそれぞれが主体性を持ち,スタジオがこれを尊重すると,皆が「これは自分のゲームだ」と思い入れが強くなり,ディレクターであるSwen Vincke氏の理想が集合的無意識のように共有・浸透するのだという。
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ここまでをまとめると,以下の点が重要な要素となる。
・コミュニティは資産である。日本ではファンやフォロワーとして解釈されるが,開発者とプレイヤーがフラットに生産的な議論をすること。開発との並行はほぼ不可能であり,特化したスキルを持った人を雇うべき
・インディーのラストフロンティアはSteam Nextフェスにある。大手はデモ版に注力しないが,Steam自身はSteam Nextフェスに力を入れており,今後はマンガ界における新人賞的な位置づけになるのではないか
・インディーゲームでもボリュームが問われるようになった今,開発者たちがビジネスとして集団化している。人数が増えると独創性が失われがちだが,ここでAgencyを尊重することが有効になる。プレイヤーもAgencyを持ってゲームを遊ぶため,これをくみ取るべきである
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斎藤氏は,自分のようなプロデューサーは世界が求めるものを開発者たちの中に見出さなければならず,そのために必要となる教養や友人といったものが求められていくのではないか,と講演を締めくくった。
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Steamはソフトやユーザーの数が増加し続けている。斎藤氏はパブリッシャ視点から「これまでどおりのやり方では通用しなくなった」と考えているが,個人的な体験としては,ユーザー側も「これまでどおりのやり方では欲しいソフトが見つかりづらくなった」と感じている(自分好みのジャンルという界隈の隅々まで眼が届きにくくなった感覚,といえばいいだろうか)。
Steamが大きくなっているからこそ,インディーでは作品を求める人に向けて適切に露出し,ユーザーと関係性を築くという,フォーカスを絞った戦略が重要になっていくだろう。DiscordやDev Logでエンゲージメントを高め,開発者とユーザーがフラットな関係で議論するといった取り組みは,まだ日本では一般的でないからこそ,今後Steamで生き残るためには重要になっていくのだろう。
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